福家警部補の追求

『福家警部補の追求』 大倉崇裕   ☆☆☆★

刑事コロンボ大好き人間である私は以前このシリーズの『挨拶』『再訪』『報告』をご紹介したが、その時にこれ以降はまだ文庫化されてないので読んでないと書いた。このたび四作目『追求』がめでたく文庫になったので、さっそく入手した。

今回は「未完の頂上」「幸福の代償」の二篇しか収録されていない。初の中篇集である。ただ読んでみた感触はこれまでとまったく変わらず、長くなったからミステリ的に複雑化したとか、重量感が出たとか、雰囲気が変わったということはほとんどない。ボリュームアップはミステリ面の増強というよりも、犯人側の状況説明や心理描写が増えた感じだ。ただ犯人の偽装工作は前よりややこしくなっていて、描写にそれなりのページ数が割かれている。

個人的には、このシリーズのウリは福家警部補の犯人への突っ込みだと思っているので、その部分がこれまでとあまり変わらないのは残念だった。そういう意味で一番充実していたのは、やっぱり第一作『挨拶』だったと思う。福家の突っ込みが色々と精緻だった。

福家警部補の徹夜続きと、それでもケロッとしている異常な体力も同じ。今回はクライミングでオリンピック選手並みの素質があることも判明する。コロンボが後期になるにつれ万能のスーパーマンと化していったのと同じだけれども、私はあんまりこういうのは好きではない。その一方で、犬が苦手などの弱点もあることも分かる。

さて、今回の福家警部補の対決相手は「未完の頂上」では有名な登山家、「幸福の代償」ではペットショップの経営者である。それぞれ山やクライミングの知識、ブリーダーやペットの知識が犯行のすみずみに活かされているし、捜査する側にとってもそこがポイントになってくるが、福家警部補はいつも通り精力的に情報収集しまくり、細かいところをロジカルにチェックすることで犯人に食い下がっていく。

ストーリー展開においては、あいかわらずコロンボへのオマージュ色が濃厚だ。というか、これはもう作者が意図的にそうしているのだと思う。どちらの中篇でもコロンボのある特定のエピソードを思い出すのだけれども、特に「未完の頂上」ではそれがあからさまだ。どのエピソードか言うとオチが分かってしまうので控えるが、コロンボ好きな人は「ははあ、これはあのエピソードだな」とすぐにピンとくるはずだ。「幸福の代償」はそこまであからさまじゃないとはいえ、コロンボ古畑任三郎で多用される、いわゆるトラップである。犯人をだまして言い逃れのできない行動を取らるという、アレだ。

私としてはそういうコロンボへのオマージュは全然気にならず、どんどんやって欲しいのだが、本書では二つほど苦言を呈したいことがある。まず一つ目。福家警部補の突っ込みポイントがあい変わらず細かいのはいいのだが、事前に読者が気づくのが難しいと思えるものが多い。たとえば「未完の頂上」における「もっと軍手が汚れるはず」は登山道を実際に見てみないと分からないし、「幸福の代償」における「風呂で工作する時に靴下が濡れるはず」も同じく現場を見ないと分からない。いや、分かるように文章で描写してあるということかも知れないが、現場を目で見ることができない読者には、やっぱり場所の広さや距離感を根拠にした突っ込みは分かりづらい。

二つ目は、突っ込みポイントの掘り下げが浅い。コロンボ・古畑スタイルの醍醐味は犯人との丁々発止にあり、それがもっとも発揮されるのは刑事が突っ込み、それに対し犯人が言い訳をする、そこに重ねて「いやおかしい、なぜならば~」と更なる突っ込みをぶっこんでくる時だ。このやり取りが長ければ長いほどスリリングな場面になる。ところが本書では犯人が「それは~だったんじゃないの?」と言うと、福家警部補はあっさり別の話題に移ってしまう。二重三重に突っ込んでいくというしぶとさが、これまでよりも少なくなっているように感じた。

と、苦言を呈してみたものの、やっぱりこのスタイルの倒叙ものは面白いし、読んでいて愉しい。コロンボも古畑も新作が見れない現在、この福家警部補シリーズは大変に貴重である。このまま書き続けて欲しい。