予告犯

『予告犯』 中村義洋監督   ☆☆★

アマプラで鑑賞した。伊坂幸太郎原作ものを得意とする中村監督だが、今回は漫画原作らしい。私は読んだことがない。

あらすじをざっと説明すると、ネット上に炎上した人間を制裁するシンブンシ(生田斗真)なる男が出現する。彼はネットで炎上したり顰蹙を買ったりした嫌われ者の制裁を動画で予告し、翌日その通りに事件が起きる。ネットで次第に話題になり、やがて警察も注目し始める。サイバー犯罪対策課の捜査で、シンブンシの実体は複数人いるらしいこと、ネットカフェのサーバーを使って動画をUPしていることなどが分かるが、やがてシンブンシは政治家・設楽木(小日向文世)の殺害を予告。ネット民は一気にヒートアップし、警察は公安まで出動して厳戒態勢をひく。その日ついに姿を見せたシンブンシを追うサイバー犯罪対策課チーフ、吉野絵里香(戸田恵梨香)は格差社会を恨むシンブンシを「甘いわよ!」と罵倒するが、シンブンシは「あなたには分からない」と叫んで姿を消す。そしてシンブンシは、ついに自分たちの集団自殺を予告する。果たしてシンブンシの本当の目的は何なのか? 必死にシンブンシの集団自殺を阻止しようとする吉野だが...。

というわけで、現在の時間線で進行するメインのストーリーは上の通りだが、それと並行して、過去の時間線で進行するストーリーがもう一つある。それは社会からはみだした四人の若者たちの物語で、病気でブランクがあるため派遣社員を抜け出せず、ついに失業したプログラマーゲイツ生田斗真)、引きこもりのノビタ(濱田岳)、バンドで挫折したカンサイ(鈴木亮平)、ギャンブル狂のメタボ(荒川良々)らである。まともな仕事をさせてもらえない彼らは不法投棄のバイトでフィリピン人のヒョロ(福山康平)に出会うが、日本に憧れて腎臓を売ってまで日本へやってきたヒョロは、それが原因で病気になり、そのまま死んでしまう。ゲイツ達四人は、ヒョロのためにあることを決意する...。この過去と現在の二つの物語が交錯することで物語のミステリーが深まり、意外なラストへの伏線となっていく。

要するにこの二つがどう結びつくが本作のキモであり、それが分かった時の驚きと感動が本作最大のウリと言っていいだろう。もちろんその結びつきは、なぜシンブンシと名乗る四人組がこんな事件を起こしたかの理由とイコールだ。

映画は新聞紙をかぶった男のネット動画と反社会的な制裁からスタートするので、前半はいささか陰惨なムード。そこに過去ストーリー中のIT会社の派遣差別や、不法投棄現場のブラックぶりが拍車をかける。現代日本の膿がドロドロ溢れ出す感じで、決して心地よく爽やかに鑑賞できる映画ではない。いつもは小洒落たストーリーを快活に、コミカルに撮る中村監督なので、ちょっといつもとイメージ違うなと思いながら観た。

やがて小日向文世が登場し政治家の殺害予告となるが、結局殺害は行われない。小日向文世は重要な役柄だろうと思っていたら実はそれほどでもなく、小日向文世ファンの私はいささか残念だった。また彼らがネットカフェを使う時いつも「ネルソン・カトー・リカルテ」と署名していることが分かり、これはヒョロの本名なので、ヒョロの死がシンブンシ事件と密接に関連していることが暗示される。が、その目的はどうしても分からない。この目的は相当にトリッキーなので、おそらくラストの謎解き前に推察できる人はほぼ皆無だろう。

そして集団自殺がすべての結末と思わせておいて、最後のゲイツの手紙でシンブンシ出現の本当の理由が明かされる。これはものすごく捻った、ある意味無理やり感がある理由なのだが、その無理やり感と意外性が観客を驚かせ、同時に感動させる仕掛けだ。が、ここで「そうだったのか!」と感動するか「んなアホな」と思うかは、多分人によるだろう。そしてこの捻りと驚きこそがこの映画のほとんどすべてなので、相当な大バクチである。ここでスベると映画全体がスベッてしまう。

私はスベッたとまでは思わないが、やや首をかしげたクチである。シンブンシが巻き起こした事件のインパクトと結末の重みを考えると、目的とのバランスが取れていない気がする。監督もそれを懸念したのか、一つ重要な布石を打っている。途中でネットカフェの店長がシンブンシの身代わりで逮捕されるが、しばらくして釈放される時に「どんなに小さなことでも、誰かのためになると思えば人は動く」と吉野に告げるのである。これはほぼ、この映画のテーマを簡潔に言語化したものと言っていい。このテーマはなかなかクレバーだし、感動的でもあるが、ヒョロがすでに死んでいることを考えると、やはりリアリティには欠けると思う。

さて、結果的に最後の謎ときや伏線の張り方、つまりミステリ的趣向はやっぱり中村監督らしい映画だった。が、前半のどんよりした陰惨なムード、そのわりに話にリアリティがないこと、事件全体のバランスが良くないこと、そして最後の自殺が後味悪いことなどの理由によって、本作は傑作とは言えないと思う。何よりもこの映画を観て、日本は本当に暗く病的な国になったのだなと思ってしまった。まあ、私が長年住んだ米国から帰国したばかりだから、余計にそう思ったのかも知れないが。

ところで、この映画を観て一番強烈に印象に残ったのはIT会社社長の滝藤賢一だった。あのパワハラ演技はすごい。目つきから口調から半笑いまで、めちゃめちゃイヤなのである。この人は風貌から線が細い役者さんだと思っていたが、『孤狼の血LEVEL2』でももの凄い恫喝演技を披露していたし、実はかなり芸達者な役者さんかも知れない。この映画でもそうだが、なんだか目がイっちゃってる感じがしてコワい。