眠狂四郎女地獄

眠狂四郎女地獄』 田中徳三監督   ☆☆☆

眠狂四郎シリーズ第10作目。市川雷蔵の狂四郎シリーズは全部で12作なので、かなり終わりの方である。本作が公開された1968年に雷蔵の癌罹患が発覚。そして翌年の1969年、この稀代の俳優は逝去する。享年37歳。それを知っていて観るからかも知れないが、本作の雷蔵は顔色がすぐれないように見える。が、もちろん狂四郎の立ち振る舞いは病の影を微塵も感じさせない。これまでと同じだ。

プログラムピクチャーである本作においてはストーリーはそれほど重要じゃないけれども、一応ざっと説明すると、ある藩で二人の権力者が対立し、争っている。彼らは覇権を握るために藩主とその娘・小夜姫(高田美和)を自分の屋敷に軟禁すべく奪い合っており、腕を見込まれた狂四郎は両方から助勢を頼まれるが、いつも通りにべもなく断る。父の下へ駆けつけようとする小夜姫自身からも助けて欲しいと頼まれるが、これも断る。例によってそんな狂四郎に次々と女が接近して来て、それが全部罠、というパターンで物語は進む。

それだけだと他のシリーズ作品とまったく同じだが、この映画の特徴は狂四郎の他に登場する二人の侍である。田村高廣伊藤雄之助が演じるこの二人の侍は、それぞれ対立する権力者側についている。が、だから敵対しているかというとそんなこともなく、彼らはボスに忠実というよりそれぞれの思惑で動いており、だからこの二人と狂四郎の三人が居酒屋でばったり遭遇し、なんとなく会話しながら三人バラバラに酒を飲んでいるなんてシーンもある。立場上は敵対しているが、本心では微妙にリスペクトし合っているようだ。が、いつかは戦う宿命にある。そんな三すくみの侍をこの三人が演じていて、間違いなく彼らの絡みが本作最大の見どころである。

もちろん、三人の俳優たちのテンションも良い。田村高廣伊藤雄之助、それぞれ個性的な侍を魅力的に演じている。田村高廣の方はクールな剣客で、いつか狂四郎と対決することを予感している。もう一方の伊藤雄之助は、藩の騒動を機に金儲けしようともくろむ狡猾な男で、妙に人懐っこく狂四郎と酒を飲みたがるが、いつも断られる。おまけに金がないせいで竹光を帯びている。しかも竹光で狂四郎と対決しようとするのだからわけが分からない。愛嬌があるが相当なクセモノで、得体が知れない男だ。

この三人の絡みが本作の目玉だとすれば、いつもおなじみのつけ合わせが狂四郎に接近する女たちである。「女地獄」という看板に偽りなく、狂四郎を騙して討ち取ろうという女たちが次から次へと登場する。まずは兄の仇を取ってくれと頼みにくる娘。例によって、「では操をいただこう」と狂四郎。すかした顔してスケベ―な奴だ。しかしちょっとその肌を見ただけで「男の手あかにまみれた体で生娘を演じようとしても無理だ」と、罠であることを見破ってしまう。一目肌を見ただけで生娘かどうか分かってしまうなんてすごい眼力である。

それから盲目の女。これは吹き矢が武器で、珍しくかなりのところまで狂四郎を追い詰める。武芸によって狂四郎が苦戦するのは相当にレアだ。結果的に狂四郎は女を倒すが、自分も目をやられてしまう。そしてそこにまた別の女が現れ、目が見えない狂四郎の手をひいてやる。なんとなくしみじみした雰囲気になり、女が辛い境遇を告白する。珍しく、迷惑がることもなくそれを聞いている狂四郎。そして、死んだ夫が忘れられないと泣く女に「抱いてしんぜようか」とのたまう。まるで「ハンカチをお貸ししましょうか」とでも言うみたいな口調で。いやーすごい、どんだけ自信があるんだこの男は。しかし一生に一度でいいから言ってみたいセリフである。

で、結局これも罠で、夫はまだ生きていて狂四郎を狙う刺客なのだった。狂四郎はあっさりと夫の両目を斬り、「これからは夫の手をひいてやれ」と女に捨て台詞を残して去る。

そしてもう一人、飲み屋の女。これはなんだか顔立ちがあだっぽいというか色っぽい水谷良重という女優さんで、彼女は本当に狂四郎に惚れてしまう。狂四郎もまんざらでもなさそうだ。この女優さんは『眠狂四郎多情剣』にも出ていたが、本作の方がしっかり狂四郎と絡んでいる。

そしてクライマックスは雪の中での剣劇となる。狂四郎、成瀬辰馬(田村高廣)、野々宮甚内(伊藤雄之助)の三人の侍が全員揃っての立ち回りだが、雪景色に風情があってかなりかっこいい。そして父と子の確執を宿命づけられた辰馬の最期が哀れだ。辰馬の父である権力者は小沢栄太郎が演じているが、本作ではいつもの狸おやじっぷり全開とまではいかず、今ひとつインパクトに欠けるのが残念。

そんなわけで、シリーズの中では水準作のこの映画だが、田村高廣伊藤雄之助が好きな人は観て損はないだろう。