眠狂四郎多情剣

眠狂四郎多情剣』 井上昭監督   ☆☆☆

このところ映画といえば眠狂四郎シリーズのことばかり書いているが、自分で所有するDVDを取り出して順に再見しているのでこうなっている。別に熱狂的なファンじゃないのでDVDもいくつかしか持っていないが、初見時はストーリーもよく似ているしごっちゃになって違いが分からず、面白みもピンと来なかったが、だんだん慣れてくると作品ごとの違いやディテールが愉しめるようになる。そうすると面白くなって、つい続けて観てしまうというループに入ってしまった。

さて、本作はシリーズ第七作目だが、冒頭からいつもと様子が違う。いきなりお面をかぶった菊姫が登場し「狂四郎を殺せ!」と連呼する。いつもはどこかの藩の騒動に巻き込まれるパターンが多いのだが、今回は珍しく最初から狂四郎自身の身に降りかかる災厄の物語なのである。しかも狂四郎を狙うのは『女妖剣』に出てきた菊姫で、狂四郎に恥をかかされたことを恨んで復讐しようとする。つまり、これは続編なのである。しかも前作の続編ではなく、今さら第四作『女妖剣』の続きだという。こんなゆるい姿勢も、まあ嫌いじゃない。

といっても、『女妖剣』を観ていない人でも過去の経緯が分かるようにちゃんと説明が入る。だから話が分からないということはないはずだ。

本作の主要なキャラはまず菊姫(毛利郁子)。顔が醜いというのでいつも能のお面をかぶっている。もちろん、これが狂四郎を殺そうとする本編の黒幕。それから仇を探して旅しているという侍、典馬(中谷一郎)。彼は通りすがりで知り合いになり、何かと狂四郎に近づいてくる。それから狂四郎に助けられるが、父親を侍に殺されたとかで侍全般を憎んでいる少女、はる(田村寿子)。なりゆきで狂四郎の被保護者となる。大体これぐらいだ。

さて、菊姫は疾風組という刺客集団を使って狂四郎を狙うので、次々と狂四郎を死の罠が襲うことになる。まず女郎屋で待ち伏せし、大勢で襲いかかる。が、正攻法ではもちろん狂四郎にはかなわない。次に、「眠狂四郎これを犯す」という立札とともに女が殺される。狂四郎は身の証を立てるためにその離縁された夫のところへ行くが、夫は狂四郎を斬ろうとする。狂四郎は死んだ女の同僚、おひさ(水谷良重水谷八重子)に金を払って聞き込みをし、実は夫が真犯人であることを突き止めて彼を斬る。次に「眠狂四郎これを犯す」という看板を背負って歩く狂女が登場。狂四郎はあとをつけていってやっぱり襲われる。次に狂四郎に協力していたおひさにも菊姫の息がかかっていたことが分かる。次に狂四郎が保護していた少女はるが誘拐される...とどんどん続いていく。まあ、いつものパターンである。

本作の特徴をあげるとすれば、まずは映像へのこだわりだろう。カット割りや構図にやたらと凝っている。そういうのが好きな人は愉しめるだろう。そして演出は間を長くとる傾向があり、そのせいか全体に静謐な印象を受ける。

反面、ストーリーや脚本は弱い。色々と穴がある。一番残念でもったいないのは曲馬の扱いである。このストーリーにおいては彼が狂四郎と同等の存在感を発揮しなければならないのに、途中から曖昧になっていく。そもそも何のために正体を偽っていたのか分からない。また狂四郎にさかんに円月殺法を教わろうとするが、あれは探りを入れていたのだろうか。最初は結構味のあるキャラに思えたので、結局ただの菊姫の手下になり下がってしまうのは残念だった。

水谷良重の存在も中途半端だ。彼女は狂四郎に惹かれていたのかどうか曖昧だけれど、それはいいとしても、結局途中で逃げていってそのまま終わりである。十手持ちまで出て来ていた狂四郎の濡れ衣話もフェードアウトしてしまうし、クライマックスでの人質はるの救助方法もいい加減だ。最後の最後、敵側の目付が出てきて狂四郎に斬りかかろうとして返り討ちにあうのも投げやりである。なんで目付なんていう高官があんなムチャな行動に出るのか。話を安っぽくしてしまうだけだ。

という具合で、全体のストーリー展開はかなり安直である。まあそんな事は考えずに、次々に狂四郎に降りかかる罠とその顛末を楽しく観ていればいい映画なのだろう。凝った映像が好きな人はそこに注目して観るのもいい。

そしてラスト、悪の菊姫一派は滅び、はるは助かる。そして狂四郎とはるが二人並んで歩いていくという、これはまた珍しいくらいの勧善懲悪、明朗闊達なハッピーエンドである。眠狂四郎シリーズはどこか虚無の余韻を残して終わることが多いので、このエンディングには軽く驚いた。