眠狂四郎無頼控 魔性の肌

眠狂四郎無頼控 魔性の肌』 池広一夫監督   ☆☆☆☆

日本への帰国準備で多忙をきわめているため11日ぶりの更新になってしまった。これはシリーズ第9作目で、先にレビューした『眠狂四郎無頼剣』の次の作品である。

『無頼剣』の監督は三隅監督だったが本作は池広監督。監督が違うとこうも違うかというぐらい対照的な内容で、両監督の作風の違いが如実に出ている。『無頼剣』はB級色を払拭し本格時代劇の品格を醸し出すことで傑作となった作品だったが、この『魔性の肌』はむしろB級の楽しさ、娯楽作のサービス精神に徹することで観客にアピールする。真逆の方法論で雰囲気はまるで違う映画だが、これはこれで成功していると思う。

冒頭からいきなりエロ全開、いかがわしいB級テイスト全開である。暗闇の中に全裸の女性が横たわり、異人の祭司らしき男がその体の上に生き血をかけつつ、何やら儀式を行っている。どうせろくな儀式じゃない。

ここから始まる物語を一言で言うと、怪しげな団体に狙われている黄金のマリア像を京へ運ぶ道中の警護を狂四郎が依頼される。依頼者は朝比奈修理亮(金子信雄)。夜道を歩いている狂四郎をいきなり数人で襲っておいて、「いや、ご無礼つかまつった。実はお願いの儀あり、腕試しをさせていただいた」などと言う。どんだけ無礼な奴なんだ。しかも演じるのは悪党ヅラの金子信雄。当然一度は断る狂四郎だったが、結局引き受けたのは朝比奈の娘が理由である。

この娘ちさが本作のヒロインで、演じるのは鰐淵晴子。ちょっと日本人離れした美貌の女優さんで、匂い立つような独特の気品がある。本作の魅力の一つがこの鰐淵晴子であることは間違いない。ちさは父の無礼を詫び、あらためて仕事を引き受けてくれるよう頼む。すると狂四郎は報酬としてちさの操を要求する。ちさの目の前で、いけしゃあしゃあと。図々しい奴だ。ちさは恥じらい、無言で目を伏せるが、父親はその条件を呑む。

というわけでマリア像を警護する道中が始まるのだが、それ以前にも矢継ぎ早に色々なことが起きる。まず矢場の美人女将・久保菜穂子のところへ狂四郎がやってきていきなり寝床へ連れ込む。この二人はすでにいい仲らしく、久保菜穂子は私も京についていくと言い出す。それから道端で門付けのお姐さん連中に因縁をつけられ、いきなり半裸に剥かれてしまう三木本賀代も登場。あわやというところを通りかかった狂四郎に助けられ、狂四郎の姉らしき女が京にいると告げる。自分に姉などいるはずがないと答える狂四郎だったが、京へ行って確かめたいという気持ちが生じる。

旅に出たら出たで、今度は狂四郎に色仕掛けで迫る長谷川待子が登場する。ボロ寺の中で狂四郎を誘惑し、夫が床下から突き殺す手筈だったが見破られて斬られる。更に、露天の温泉を通りかかった狂四郎に「いい湯だから入ってきなよ」と声をかける裸女も登場。これも罠で実はこの温泉毒湯なのだが、とにかく女が、というか女の裸や濡れ場が頻出する。エピソードというエピソードに何かしらエロがある。この徹底したサービス精神には恐れ入る。道端で半裸にされ狂四郎に助けられた三木本賀代は、その後黒指党に捕まって縄で縛られ吊るされたりもする。女優さん達は大変だ。ただし、ヒロインの鰐淵晴子だけはまったくエロ演出はない。

さて、運搬されるマリア像を警護しているはずの狂四郎だが、どういう手筈になっているのか、わりと自由に行動している。前述の通り露天風呂を通りかかって裸女に誘惑されたり、イカサマさいころを使っている賭場へ行ったりもする。イカさいを作った男から死ぬ前にその仕掛けを聞き、男の復讐のために賭場へ乗り込んで洗いざらい金をさらってしまうのだが、そんなことをしている間マリア像がどうなっているのかよく分からない。が、とにかく色んなエピソードが詰め込まれている。

さて、黄金のマリア像を狙ってくるのは黒指党という怪しげな一味で、どうやら悪魔崇拝を教義とする宗教団体らしい。メンバーは全員指の一本が黒くなっている。だから指を見れば一発で黒指党だと分かる。首領は成田三樹夫。彼らの集会シーンはまるでショッカーのようで、ここぞとばかりにB級テイストが炸裂する。

さて、そんなこんなでマリア像と狂四郎、そしてちさ一行は無事京都に到着するが、そこで悲劇が起きる。実はちさの父親だったはずの金子信雄は父親ではなく、双子の別人で大悪党だったのだ。驚愕するちさ。が、観客で驚く人は誰もいない。そもそも金子信雄がいい人のわけがないのである。そしてマリア像を運んだのも世のため人のためではなく、私利私欲のためだった。それを知ったちさは絶望し、マリア像を持って逃げようとするが、あわれ、にせものの父親からばっさり斬られてしまう。なんということだ。

もちろん、最後は狂四郎が氷の刃をひらめかせて悪党どもと黒指党を全員斬り捨ててしまうのだが、私としてはちさが死んでしまうのがショックだった。あんなにいい子だったのに。

警護の報酬にちさの操を要求するなど、例によって無頼漢を気取っている狂四郎だが、旅をする中でちさは次第に彼に心を開くようになる。うわべの冷たさの下に隠された矜持と正義感を知り、いつしか彼に惹かれるようになる。そんなちさに対して狂四郎もいつもに似ず殊勝で優しい気遣いをするようになり、どうやら最後の頃は操をもらおうなんて気はなくなっているようだ。自分みたいな男と関係すると不幸になるので、はやく縁を切った方がいいなどとアドバイスしている。

が、そんなちさは斬られて死んでしまう。実の父親を騙っていた男の手によって。そして最後は、ほのかに思いを寄せた狂四郎の腕の中で死んでいく。なんと哀しい結末だろう。そなただけは不幸にしたくない、といつに似ず優しいことを言っていた狂四郎だが、結局そのちさは死んでしまう。ちさを送る野辺の火が燃える中、狂四郎は再び虚無的な仮面をつけてひとり旅立つ。

最初に書いた通り、『無頼剣』とはだいぶ雰囲気が違うがこれはこれで面白い。サービス精神たっぷりのエンタメ時代劇である。