生まれるためのガイドブック

『生まれるためのガイドブック』 ラモーナ・オースベル   ☆☆☆☆

ラモーナ・オースベルはアメリカのサンタフェ出身で、カリフォルニア在住の作家である。本書は「誕生」「妊娠」「受胎」「愛」と四つのセクションに分かれ、それぞれが二~三篇の短篇で構成されている。タイトルからも分かる通り、本書は親になる、子供が生まれてくる、というプロセスが全体のテーマになっている。かなりシュールレアリスティックな作品ばかりで、あのエイミー・ベンダーが絶賛したらしいがシュールで不穏な作風はよく似ている。

たとえば「引き出し」では、夫の胸部に突然引き出しができ、夫婦でその中に色々なものをしまい始める。「支流」はSF的な別世界で、そこには大勢の一本腕の人間たちがいるが人を愛することで体から二本目、三本目、四本目と腕が生えて来る。「安全航海」は大勢の祖母たちが乗っている船の物語で、死後の世界のようでもあるけれどはっきりとは分からない。大体どの短篇もこんな調子だ。

こういうアンリアルな奇想の作家は最近多いが、この人の持ち味は作品世界に痛々しさや不穏さが目立つことだろう。場合によってはグロテスクといってもいい。加えて、その痛々しさや不穏さには生理感覚を逆なでしてくるようなところがある。例えば、成長しない障害を持つ子供とその両親を描く「ポピーシード」では、医者が子供の胸から乳房芽を摘出し、それを親が口にふくむ。また別の短篇では、妊娠した少女からアザラシが生まれてくる。また別の短篇では、飼い猫を火葬にしてその灰を部屋中にまき散らし灰が人々の身体に貼りついたり肺の中へ吸い込まれたりする。

正直、この作家さんのシュールさはかなり攻撃的、挑発的である。たとえばエトガル・ケレットみたいなイメージや観念とのエレガントな戯れではなく、何かへの異議申し立てという印象を強く受ける。あるいは不安や違和感の表現といってもいい。実際、訳者あとがきにも「本書に収録された短篇はいずれも、『何をすればよいのかわからない』という未来に対する不安の思いと、『どうしても大人になりきれない』という成熟への違和感が、家庭生活における信じられない出来事として立ち現れるさまを描いている」とある。

というわけで、個人的には少し読むのがきついタイプの小説だった。特に、生理感覚を逆なでしてくるようなものに私は弱い。アマゾンの作品紹介には「…思いもよらない出来事に遭遇してとまどう人々を温かい筆致で描く。米国で大絶賛の新星による、チャーミングな傑作短篇集!」とあるが、「温かい筆致」や「チャーミング」が一体どこから出てくるのか私には良く分からない。どちらかというと不気味で痛々しい作品群である。

それから非現実的な設定や現象だけでなく、ストーリー自体もかなり意味が分かりづらい。結局何を言いたいのか、あるいはこの作品を読んでどう感じて欲しいのか、読んですぐ腑に落ちる人はほとんどいないんじゃないだろうか。最後の一行を読んで頭からクエスチョン・マークがいくつか飛び出すような作品が多かった。

しかしこれは別に悪い意味ではなく、こういう居心地の悪さというか読者をケムに巻くようなところはむしろ好ましい。歯ごたえがあってかなり頑丈な顎を必要とするが、あっさり理に落ちてしまうような作品じゃ面白くない。

それからストーリーの痛々しさや不気味さはさておき、この人の文体はかなり魅力的だった。しなやかでシャープでエレガント、イマジナティヴで、品格もあり、村上春樹に匹敵するようなアクロバティックな比喩も余裕で繰り出される。何よりテキストの流れるようなテンポが心地よい。著者は間違いなく詩人の感性の持ち主だ。

さて、そんなわけで感心した部分がありつつも作品としては微妙なものが多い本書だったが、そんな中で私のフェイバリットをあげるならば、「受胎」セクションの「雪は遠くに」、「愛」セクションの「老いも若きも」の二篇になるだろう。

「雪は遠くに」は母親がいない家族、つまり父親とその双子の子供たちがクリスマスを迎える話で、それぞれの子供たちの過ごし方がエピソード的に積み重ねて描かれる。姉はボーイフレンドとデートし、弟は年上の女性に電話をかける。強烈な題材が多い本書の中では比較的おとなしい、スケッチ的な短篇だけれども、母親が死んだという父親の話が実は嘘だったり、「平日デート」に格付けされている姉が「週末向けの女の子」目指してがんばると言ったりするディテールが面白い。

「老いも若きも」は老人ばかりの町に住む少年少女カップルの話。やっぱりこれにもクリスマスのエピソードが出て来る。主人公の二人に名前がないことから分かるように、他の作品より抽象的で、より散文詩に近い印象を与える短篇である。まだ若い少年と少女は近所に住む老人たちを見て色々な会話を交わす。彼らはまだ、長い年月を生きた夫婦たちの感情や、感覚や、生活習慣が分からない。しかしラスト近く、まだ若い彼らと人生の終盤にさしかかった老人が握手することで、二つの世界が触れ合う。短いが美しい短篇だ。

かなり癖が強いので好みは分かれるかも知れないけれども、シュールな短篇が好きな人にとっては歯ごたえがある作品集じゃないだろうか。