女の座

『女の座』 成瀬巳喜男監督   ☆☆☆☆★

このところ、これまでソフト化されていなかった成瀬監督の映画が次々とDVD化されているのは、ファンとして大変喜ばしいことだ。とりあえず『ひき逃げ』『女の座』『女の歴史』の三つを購入して観てみたが、この中で一番気に入ったのは『女の座』だった。

これはある大家族の構成員たちが織りなす群像劇で、まず老夫婦が笠智衆杉村春子、長男の嫁が高峰秀子(長男はすでに死亡)、長女がアパートを経営する三益愛子で夫が加東大介、次男がラーメン屋の小林桂樹で妻が丹阿弥谷津子、次女が独身の華道の先生・草笛光子、三女が九州から出てきた淡路恵子で夫が三橋達也、四女と五女がまだ嫁入り前の司葉子と星由里子、という大家族だ。老夫婦と高峰秀子草笛光子司葉子、星由里子が一緒に暮らしており、高峰秀子が家業の雑貨屋の面倒を見ている。草笛光子は離れで華道教室をやっている。

物語は老父・笠智衆心筋梗塞で倒れ、子供たちが心配して集まってくる日から始まる。あわやと思われたが持ち直し、アパート経営やラーメン屋で忙しい長女や次男は帰っていくが、九州から出てきた淡路恵子三橋達也の夫婦は「暇だから」などと言ってそのまま居座ってしまい、皆から不審がられる。かたや、人手が足りないラーメン屋を司葉子が手伝い始めると常連客の夏木陽介といい感じになり、同時に見合い話が飛び込んでくる。アパート経営をする長女の夫・加東大介若い女と駆け落ちした数ヵ月後に性懲りもなく戻ってくる。高峰秀子の中学生の息子は勉強ができない自分にコンプレックスを抱き、母に心配される。杉村春子が前夫のもとへ残してきた息子が大人になって現れ、草笛光子が惚れてしまう。という具合にさまざまなストーリーが同時進行し、観客を飽きさせない。成瀬監督のストーリーテラーとしての力量が遺憾なく発揮されたフィルムだ。

長男の嫁である高峰秀子が、夫が死んだ後も義父母及びその肉親たちと一緒に暮らし、一家を支え、しかし肉親たちからはなんとなく他人扱いされるというシチュエーションは『乱れる』に似ているが、全体にもっとにぎやかだ。コメディではないけれどもコミカルな部分もある。特に九州から出て来て親の家に何ヵ月も居座ってしまい、仕事もしないで一体何をやっているのかと怪しまれる三女の夫・三橋達也はうさんくさく図々しいコメディ・リリーフ的キャラだし、小林桂樹がやっているラーメン屋のエピソードなども結構笑える。

とはいってもやはりそれだけでなく、デリケートに描かれる人間のいやらしさや哀しさ、諍い、身勝手な振る舞いなどもちゃんと盛り込まれていて、そのあたりがコメディやメロドラマというジャンルものに収まりきれない成瀬映画らしさだ。特に、終盤近くの高峰秀子の息子の死はあまりにも重く、それまでなんとか保たれていた軽やかさを根こそぎ吹き飛ばしてしまう。15歳の少年の死、しかも自殺かも知れないという暗示はあまりにも悲劇的で、ちょっとこの映画のトーンを壊してしまったと感じるぐらいだ。

が、この映画の中でもっとも印象的なエピソードは、梅子(草笛光子)の六角田(宝田明)への恋だろう。梅子は一家の中の変わり者で、世間並みのことや色々な慣習にニヒリスティックな態度をとり、結婚にもまるで興味がない。しかもヒロイン・高峰秀子に「この家の中で一人だけ他人なんだから」などと嫌味を言って辛く当たる、いわば憎まれ役である。その彼女が、杉村春子が前夫のもとへ残してきた息子だといって六角田(むすみだ、と読む)が現れるとあっけなく一目惚れしてしまう。戸籍上は兄妹だが、血のつながりはないのでおかしくはない。六角田のアパートを足しげく訪れ、彼の薦める車を買い(六角田は車のセールスマンなのだ)、初めて女らしい顔を見せる。そして同じく六角田に気がある三益愛子の娘、つまり自分の姪から「オールドミスってこわいわ」と茶化されながらも、六角田に告白する。

ところが、六角田が気があるのは高峰秀子だった。しかも最初は紳士的で博識だと評判だった彼のメッキが次第に剥げ、だんだん女たらしの本性がバレてくる。だから高峰秀子は彼に会ってもう家族に近づかないよう忠告するが、梅子はそれを聞いて嫉妬心と失恋の痛みで荒れ狂う。すべての怒りを高峰秀子にぶつけ、面と向かって彼女を罵倒する。厭なキャラではあるけれどもとても痛々しく、梅子はこの映画の中でいちばん複雑で力強いキャラになっていると思う。

ヒロインの高峰秀子はいつも通り、ろくでもない奴が多い一家の中で健気な嫁である。彼女が家族のためを思って行動するのに梅子に手ひどく罵倒される流れは見ていて辛いが、しかしあのシーンは母親の杉村春子にも責任があると思う。六角田から金をせびられて彼の正体を一番良く知っていながら、六角田と結婚したいと言い出した梅子には何も言わない。全部高峰秀子に言わせ、そのせいで彼女が梅子にひっぱたかれてもまだ黙っている。そして後で高峰秀子と二人きりになった時にこっそり「ありがとう、私の言いたいことを言ってくれて」などと言う。なぜみんなの前で、自分ではっきり言わないのか。こういう人会社にいるなあ、と思ってしまった。

そしてラストは各人のエゴがますます噴出し、遺産分けや、雑貨店を自分のものにしようとする兄弟間の思惑が飛び交う。呑気だったあの笠智衆に、うちの子供たちにはろくなのがおらん、と言わせてしまう。そして血の繋がりのない高峰秀子と老夫婦の三人で小さな家に引っ越し、のんびり暮らそうじゃないかと提案する。肉親より血のつながらない嫁が一番思いやりを見せてくれる、というこのシチュエーションは小津の『東京物語』と一緒である。

他のエピソードも収束したりしなかったりで、一応オープン・エンディングになっているが、夏木陽介と見合い相手の間で板挟みになっていた司葉子の選択は意外だった。が、星由里子との三角関係だったという仄めかしがあるので納得できる。こういうのも派手に表面化させずに、仄めかし程度でそっと終わらせる慎ましさが映画の奥行きを増している。そのあたりの匙加減はさすが成瀬監督だ。

そして雑貨屋の店先から始まったこの濃密で入り組んだ家族の群像劇は、また雑貨屋の店先で幕を閉じる。物語の豊饒さが余韻をたなびかせる、美しいラストである。