奇妙な新聞記事

『奇妙な新聞記事』 ロバート・オレン・バトラー   ☆☆☆☆

ずっと昔に買って本棚の奥に眠っていた本を引っ張り出して再読。全然記憶に残ってないのでもう処分しようと思い、念のために再読してみたら意外と面白かったため、やっぱりキープすることにした。

現代は「Tabloid Dreams」で、タブロイド誌の表紙に並ぶようなヘンテコな記事のタイトルにインスパイアされて書かれた作品集だそうだ。当然、非現実的な奇想の短篇集で、邦題より「Tabloid Dreams」の方が雰囲気をよくあらわしている。

短篇の内容はたとえば9歳の殺し屋、宇宙人の恋人になった女、オウムになった男などで、ほとんど悪ふざけに近いシュールさだが、いわゆる最近のアンリアリズム系の作家みたいな、少しおちゃらけたようなポップな文体ではなく、むしろ折り目正しい繊細な文体だ。描写もデフォルメされたというよりむしろ的確、精緻で、プロットも現在と過去の二つの時間軸を並置するなど、綿密に設計、構成されている。これほど荒唐無稽なアイデアをこのスタイルで料理するのはなかなかユニークだと思う。しかも、アンバランスになっていない。

短篇集の構成としては、最初と最後の短篇がいわばセットになっていて、どちらもタイタニック号の乗客の話だ。最初の短篇では男の乗客が語り手で、彼はすでに死んでいて水となって世界中を遍歴しているらしいのだが、彼がタイタニック号沈没直前にある女に出会い、惹かれ、彼女を助けようとしたエピソードを回想する。この男は死んだ後海水になったり雨になったりしていて、紅茶のカップの中に入ったことがあるなんて文章が出て来る。かなりふざけているが、こういうジョークみたいな奇想と、沈みゆくタイタニック号の船上で出会う男女、のような劇的なロマン要素が絡み合って面白い味わいの短篇になっている。

そしてラストの短篇では、今度は女が語り手となって同じエピソードを別の視点で語る。なかなか凝っている。

こんな風に書くとふざけた短篇が多いのかと思われそうだが、実はそうではない。短篇によっては暗く重たいものもある。「クッキー・コンテスト会場で自分に火をつけた女」はタイトルからも分かるように陰鬱な、メランコリックな短篇だし、それ以外にも「車にひかれて淫乱になった女」のようにやたらセックスが出て来るものもある。全体としては、むしろ暗い印象の短篇の方が多いかも知れない。が、私が好きなのは軽みがあってオフビート感がある作品で、そんな中からいくつかフェイバリットをご紹介したい。

まず、「オウムになって妻のもとに戻った男」。これは嫉妬深い夫がある日突然オウムに変身し、ペットショップにいるところを偶然妻に買われて家に戻るという話。もちろん、妻はオウムが自分の夫であることは知らない。で、家には妻の新しい恋人がいる。といういささかシチュエーション・コメディ的な話だが、オウムに変身した嫉妬深い男の心理や独白が面白く、頭にきたオウムが妻やその恋人に罵倒の言葉を投げかけるなんてシーンもユーモラスで楽しい。

こういう作風で、昔のアイデアSFみたいな分かりやすいオチをつけてしまうと薄っぺらくなってしまうところだが、この作者はそうではなく、微妙に開かれた終わり方をするところが良い。この短篇もちょうどいい余韻が残る。

「キスで死を呼ぶ女」もかなり洒落ていて、キスすると必ず相手が死んでしまうという女が主人公。なんでそんな体質になってしまったかというような説明はない。どうやらそうらしいと気づき、これまでキスした結果死んでしまった男達のことを彼女は回想する。最後に、現在の恋人が登場する。この男は彼女のキスが致死性であることを知っているが、それでも彼女とキスしようとする。

さて、どういう結末になるかと思ったいたら、これがとてもクレバー。洒落ているし、想像を掻き立てるし、美しいといってもいいラストを迎える。過去のいくつかの死のエピソードを語るスピード感もいいし、これほどまでに荒唐無稽な話を支える文体もまったく安定していて、ディテールが書き込まれ、バカバカしいと思わせない。

「捜しています わたしの宇宙人の恋人」はタイトル通り、宇宙人の恋人になった女の話。アイデアとしてはあまりにもベタで、別に斬新でもないし、いかにも安っぽいタブロイド誌の記事にありそうだ。いくらなんでもこれをうまく料理するのは難しいだろうと思ったが、意外なことになかなかの佳作である。文体と描写の細やかさが読者の関心を惹きつけ、マンガ的にならないオリジナルなディテール(宇宙人がしているネクタイや、名前の呼び方や、エドナが歌う歌など)といい塩梅のリアリズムが、この奇妙なストーリーに精彩を与えている。一種の力技と言っていいだろう。

それにどの短篇にも共通することだけれども、この作者の場合ただ奇をてらったアイデアやストーリーというだけでなく、語り手の切実な思いが作品全体に沁みとおっていて、それが読者の関心を惹きつける。つまり、奇想が語り手の思いを表出するための装置としてうまく機能している、といっていいんじゃないだろうか。

その他、「九歳の殺し屋」は子供が語り手ということで文体に制限があり、アイデアがアイデアなので結構バカバカしい話ではあるが、ラスト近くの唐突な銃撃戦は緊迫していてスリリング。

それから「地球滅亡の日は近い」は近いうちに地球に巨大隕石が衝突するという話で、設定とアイデアは最近観たNetflixの「ドント・ルック・アップ」そっくりだった。こちらはこの状況下の恋人たちの行動がメインで、「ドント・ルック・アップ」ほどのシニカルな冴えは感じなかった。

というわけで、当たりはずれはあるけれども全体としてはかなりクオリティの高い奇想短篇集だと思う。著者が同じような短篇を他にも書いていれば是非読んでみたい。ただ、ロバート・オレン・バトラーはピュリッツァー賞受賞作家らしいが、邦訳本は今のところこれしかないようだ。