冬の少年

『冬の少年』 エマニュエル・カレール   ☆☆☆☆

ずっと前に読んで本棚に埋もれていた一冊を引っ張り出して再読。アマゾンで検索しても出てこないので、もはや絶版なのだろう。たしかに派手ではないし小品という趣きの作品だが、私はなかなか味わい深い佳作だと思う。文庫ででも出せばいいのに。

フランスの小説である。主人公は内気な少年ニコラで、小柄ということもあって時に級友にも怯える、どちらかというといじめられっ子に近いタイプの少年だ。彼は雪山に泊まり込んで行われる学校のスキー教室に参加するが、彼の父親がバスの事故を心配し、級友たちとは別に自分の車で送り届ける。そういうところもニコラが級友たちに引け目を感じるところなのだが、父親はそれには気づいていない。少年を教師たちに預けた後、父親は車で走り去るが、冒頭、ニコラは父親の別れの言葉を覚えていない、という思わせぶりな文章があるので、その後父親に何がが起きると予感させる。が、しばらくは父親は物語から姿を消したままで、特に何も起きないままスキー合宿の模様が語られる。

父親がニコラのバッグを置き忘れてしまったためにちょっとしたトラブルとなり、またも級友たちのからかいの的にされるが、それだけじゃなく体が大きく威圧感のある級友への怖れや、いまだに悩んでいる夜尿症がこの合宿で出るのではないかという不安などで、ニコラは憂鬱である。基本的に悶々としている。しかしそんな中、その体が大きい級友が意外な友情を示してくれたり、親切な若い青年教師の気さくな立ち振る舞いに魅了されたりして、気持ちが高揚する瞬間もある。そんな繊細な少年の心理がきめ細かに描写されていく。

序盤ですぐに明らかになることだが、この情緒不安定気味の少年ニコラには一種の妄想癖があって、自分を空想上のキャラクターに置き換えてストーリーに没頭したり、まだ起きてもいないことを夢想したりする。現実の出来事とそうしたニコラの妄想が入り混じり、この小説は現実から少し浮き上がるような不思議な幻想味を帯びている。

さらに、初めて経験する夢精や、夜ふらふらと雪の中へと出て行って夢遊病だと思われて看病される羽目になるなど、感受性豊かなニコラの世界は激しく揺れ動く。そんな少年の目から見た世界の物語と並行して、村で起きたある事件のニュースが語られる。一人の少年が行方不明になったという、悲劇的な事件のニュースである。警察が大がかりな捜査を行い、スキー合宿にも警官がやってくる。皆が消えた少年のことを心配する。

やがて終盤で、ある残酷な事実が発覚する。それが何かはもちろんここには書かないが、おとなたちを含め、すべての人々に衝撃を与える事実である。これによってニコラの世界は一変し、物語は哀しくつらい結末へと向かって収束していく。

一種ミステリ的な構成だけれども、すべての真相や事情が最後に詳しく説明されて終わる、よくあるミステリ小説ではない。色んなことが語られないまま、一体何がどういうわけだったのかはっきりとは示されないまま、終わっていく。というより、この小説は最後まで少年の内面世界に目を向けていて、中心となる事件のジャーナリスティックな説明や解説は一切出てこない。その曖昧性、開かれた結末が、この小説を魅力的なものにしている。

ミステリ的と書いたが、あくまで本書は雪に閉ざされた白く冷たい世界で、少年の夢想、不安、哀しみ、そして世界の残酷性が静かに描かれる小説である。少年の妄想や夢想がたびたび挿入されること、途中一つの章だけがこの事件の数十年後の設定になっていることの二つが、シンプルながらとても特徴的な仕掛けになっている。そしてそれらの仕掛けは辻褄合わせやご都合主義とは無縁の、フランスの現代小説らしいエスプリに満ちたものだ。

おそらく一度目はプロットの仕掛けに驚かされるが、それを知った上で二度目に読む時にこそ真価が分かる類の小説だと思う。端正で、リラックスした、フランスの作家らしいエレガントな文体が、読んでいてとても心地よかった。