アフリカの女王

アフリカの女王ジョン・ヒューストン監督   ☆☆☆☆

Amazon Primeで鑑賞。1951年公開のかなり古い映画である。主演はハンフリー・ボガードキャサリン・ヘプバーン。内容的にはロマンティック・コメディ風のアドベンチャーもの、という感じだろうか。

舞台はドイツ領アフリカ。時代は第一次大戦の勃発直後。アフリカの僻地で原住民向けに神の教えを説いていた宣教師サミュエルと妹ロージーキャサリン・ヘプバーン)は、突然現れたドイツ軍によって教会を焼き払われ、そのせいでサミュエルは精神に異常をきたして死んでしまう。

ちっぽけな船で郵便物を運んでいた船乗りチャーリー(ハンフリー・ボガード)はロージーを船に乗せて避難し、このまま隠れていれば安全だと言うが、ロージーはなんと、このちっぽけな船と手作りの魚雷でドイツ軍の砲艦を撃沈しよう、と無謀な提案をする。

最初は「んなアホな!」とかたくなに拒絶していたチャーリーだったが、やがて彼女の熱意に根負けし、ドイツの巨大軍艦を目指してたった二人で川下りを始めるのだった…。

ちなみに「アフリカの女王」とは、チャーリーが郵便運搬に使っているちっぽけなボロ船の名前である。当然、船員はチャーリー一人。

まあこんな話で、お堅い女宣教師ロージーとアル中の船乗りチャーリーの珍道中が描かれる。両極端の性格の男女がふとしたなりゆきで道中を共にする映画の例に漏れず、まずは色んな諍いエピソードが続出。チャーリーが酔っぱらってくだを巻いたり、ロージーに酒を全部河に捨てられて激怒したり。そしてもちろん、水と油のように反発していた二人がいつしか惹かれ合うようになり、力を合わせて困難を乗り越えていくのもお約束通りだ。

二人が船で河を下っていくストーリーなので、本作の特徴としては登場人物がほぼ二人だけに限定されていることと、アフリカのエキゾチックな大自然が背景になっていること、があげられる。嵐が来たり滝から落ちたりワニに追われたり色々なことが起きるが、今の目で見れば、それほど大したハラハラドキドキでもない。

だからアドベンチャーものというより、やはりこれは他人同士だった二人の男女が愛し合うようになり、この人と一緒に死んでも悔いはないと思うようになるまでの、一種の夫婦の寓話だと思って観るべきだろう。

そう考えると、二人が乗り越えていくエピソードの数々はいかにも結婚生活のさまざまな事件を象徴しているように見えてくる。困難ばかりではなく、いいこともある。ひと時の安らぎもある。が、多いのはやっぱり困難である。

まずは二人でおっかなびっくり、船を漕ぎ出す。なんとなくそれぞれの役割が決まり、なじんでくる。順調な航海だと喜んでいると、大雨で船が水浸しになる。二人の距離感が縮まってきたと思っていると、性格や育ちの違いから大喧嘩になる。でも、なんとなく仲直りする。というか、二人しかいないので仲直りせざるを得ない。

やがて急流に差し掛かり、転覆の危機に晒される。二人で必死に船を操作する。危険が去ると、今度は楽園のような花に嘆声を上げる。二人、顔を見合わせて笑う。ずっとこのままここにいたいと思っても、そういうわけにはいかない。やがてまた進み始める。船が壊れると、航海を中断して二人で修理する。かと思うと突然出現したワニやヒルに怯え、一緒にわあわあ言いながら命からがら逃げ出す。

水と油のような二人だが、二人の協調体制はなかなかうまく出来ている。何か困難にぶつかると、ロージーはまずチャーリーの船乗りとしての判断を聞く。大抵の場合、チャーリーは解決策を持っている。しかしチャーリーが途方に暮れた時は、ロージーがアイデアを出す。おそらく二人が水と油のように全然違うからこそ、うまくいくのだろう。

しかし、そんな二人にもやがて、もうどうにもならない、万事窮した、と思う時がやってくる。船が広大な沼地に入り込み、抜け出せなくなるのだ。これまでいつもそうやってきたように、二人は精一杯力を合わせて船を進めるが、ついにチャーリーが力尽きて倒れる。

この映画を観終わった後、一番私の記憶に残っていたのはこの場面である。横たわるチャーリーは、ロージーに看病されながら言う。もうここを抜け出すのは無理だ、おれたちは終わりだ。だけどな、おれはここへ来たことをこれっぽっちも後悔しちゃいないよ。つまり、それだけの価値はあったさ…。

この場面で、彼はもはや死を覚悟している。ドイツの砲艦を沈めるという目的は果たせなかった。二人のこれまでの多大な努力は、結局実を結ばなかったわけだ。が、だからすべてが無駄になるわけではない。チャーリーは何の迷いもなく、ロージーに向かって言うのである。自分たちの航海に「それだけの価値はあった(IT WAS WORTH IT)」と。

私はこれが、この映画の中でもっとも美しいシーンだと思う。そして、人生が終わろうとする時に伴侶に向かってこの言葉を言えるかどうか、夫婦にとってはそれがすべてなんじゃないかと思う。

問題は、成功したか失敗したかではないのだ。あなたが伴侶と一緒にこれまで乗り越えてきた航海そのものを、「それだけの価値があった」と言えるかどうか。それがもっとも大切なことなのだ。

しかしもちろん、チャーリーとロージーはここで死んだりはしない。二人は天の采配によって助かり、再びドイツの砲艦めざして旅を続ける。そして砲艦の目前まで迫るが、ドイツ兵に捕まり、二人揃って処刑されることになる。二人はドイツ兵に、死ぬ前に結婚させてくれと頼む。チャーリーとロージーはもはや、二人一緒なら死んでも悔いはない境地に達している。

この後どうなるかは観てのお楽しみだが、もちろん、最後はハッピーエンドだ。あまりに都合が良過ぎるハッピーエンドだが、まあそれは大目に見ようじゃありませんか。

全篇がハンフリー・ボガードキャサリン・ヘプバーンの二人芝居といっていいこの映画は、言うまでもなく二人のケミストリーが最重要だ。特にどうってことない、お約束満載の緩い映画でありながら、ボガードはこの映画でアカデミー主演男優賞を受賞し、英国アカデミー賞では総合作品賞、最優秀外国男優賞、そして最優秀外国女優賞を獲っている。これはやはり、この二人のケミストリーの素晴らしさによるものだと思う。

それにしても、『カサブランカ』のクールな印象が強いハンフリー・ボガードだが、こういう野暮でむさい男の役もできるんだな、と感心した。アル中で口汚く罵ったり、ロージーに対して卑屈になったり、実にうまい。最初の野暮ったい髭ヅラも良く似合っている。キャサリン・ヘプバーンはもちろん、お堅い女宣教師役にぴったりだ。

最近の映画みたいなシャープさには欠けるかも知れないが、どこかほのぼのした、悠揚迫らぬロマンを感じさせる古き良きフィルムだ。もしもあなたが自分の伴侶に不満を感じて、ため息の一つもつきたくなったら、この映画を観るといい。この人との航海を、また一緒に続けていこう、と思える…かも知れない。