平成怪奇小説傑作集1

『平成怪奇小説傑作集1』 東雅夫・編   ☆☆☆★

全3巻からなる平成怪奇小説傑作集の第一巻。とりあえず第一巻と第二巻を読んでみたのだが、私はこの一巻目の方が好きだった。第二巻が微妙だったので、第三巻を入手するかどうかは未定。

全部で15篇収録されている。一応、収録作を以下に上げておく。

「ある体験」吉本ばなな 「墓碑銘〈新宿〉」菊地秀行 「光堂」赤江瀑 「角の家」日影丈吉 「お供え」吉田知子 「命日」小池真理子 「正月女」坂東眞砂子 「百物語」北村薫 「文月の使者」皆川博子千日手松浦寿輝 「家──魔象」霜島ケイ 「静かな黄昏の国」篠田節子 「抱きあい心中」夢枕獏 「すみだ川」加門七海 「布団部屋」宮部みゆき

15篇もあるので色んなテイストを楽しめるお得感はあるものの、正直言ってあまり印象に残らないものも多く、これだったら全三巻から厳選して一冊にまとめてくれた方が良かったな、と思う。たとえば同じ編者が関わっている『日本怪奇小説傑作集』全三巻の充実ぶりに比べると、かなり見劣りしてしまうのだ。まあ、あっちは明治から現代までの選りすぐりだったから、やむを得ないと言われればその通りなのだが。

既読は「命日」「正月女」の二篇だけだった。女流作家のホラーアンソロジー『かなわぬ想い―惨劇で祝う五つの記念日』で読んだのだが、本書でもこの二篇のインパクトは傑出していた。ちなみに、同じく『かなわぬ想い』に入っていた服部まゆみ「雛」もえらい傑作で、平成の作品のはずだが、本書には収録されていない。なぜだろう。

『かなわぬ想い』のレビューにも書いたが、「命日」は真っ向勝負の正統派怪談で、「正月女」は土着的なムラ社会の闇と恐ろしさを描く短篇だ。特に「正月女」は、自分が死んだあと夫が別の女を娶ることを考えて鬱々とする病気の妻の昏い心理、それに拍車をかける夫の元カノの不快な媚態、なぜか夜中に突然顔に枕を押しつけて自分を殺そうとする姑への恐怖、などが絡み合って、実に複合的な、懐が深い怪異譚となっている。とても読み応えがある。

だが私が本書中で一番面白いと思ったのは、文句なく日影丈吉「角の家」である。これは実は怖い小説ではなく、澁澤龍彦の『暗黒にメルヘン』に収録されている同じ作者の有名作「猫の泉」と似た感じの、どこかオフビートでユーモラス、かつシュールな幻想譚なのだ。近所に引っ越してきた家の主人が狒々だった、という話で、もうこれだけで人を食っている。この突飛なアイデアをポーカーフェイスで淡々と推し進めていくのだが、さすがに話の展開もうまい。さりげなくかつスリリングだ。これは達人が書いた短篇小説である。

「お供え」は再び怖い小説で、これは怪談というより不条理小説の色彩が濃厚だ。主人公である中年女性の家の玄関に誰かが次々と花を供える、それが実にイヤ、という得体の知れない話である。まるでイタリアの幻想作家プッツァーティのようだ。幽霊も呪いも化け物も出てこないが、実に不気味。

「百物語」はちょっとした怪談風の掌編で、軽量級だがなかなか洒落ている。主人公の男が若い女の子をアパートに連れ帰り、そこで百物語が始まる。眠れない、の伏線が効いている。アイデア勝負の小品だ。

「家-魔象」はあとがきに実話ベースだとあるが、本当だろうか。色々と不安を煽っておきながら結局特に何も起きない、というのがかえってリアリティがあって怖い。怖さとは実際に何か起きることじゃなく、起きるかも知れない、という不安であることがよく分かる。それにしても、こんな家には絶対住みたくありません。

「静かな黄昏の国」は、本書においては異色作と言っていいだろう。これは怪談じゃなくて一種のディストピアSFだ。近い将来の日本が舞台で、高齢化社会原発問題などがディストピアのネタになっている。丁寧に緻密に書き込まれていて、最初は何のことかよく分からないがだんだん肌が粟立ってくる。怖いというより、禍々しいと言った方がいいかも知れない。特に、今の日本ではこれを絵空事と言い切れない、そのことが一番気持ち悪い。

とまあ色んなタイプの怪談、怪異譚が収録されているので、怖い話大好き人間の皆様は楽しめるだろう。これを読んだ人でもしまだ『日本怪奇小説傑作集』を読んでない方がいれば、そちらも是非おススメします。