悪魔のシスター

悪魔のシスター』 ブライアン・デ・パルマ監督   ☆☆

iTunesのレンタルで鑑賞。デ・パルマ監督のごく初期のフィルムで、主演は78年版『スーパーマン』でクリストファー・リーヴの相手役だったマーゴット・キダーマーゴット・キダーは後年重度の神経症に苦しんだというが、この映画では舌足らずで片言の英語を話す、どこかエキセントリックな陰りを持つモデル役で、『スーパーマン』の健全なヒロイン役とはだいぶ違う。

さて、後に『キャリー』『殺しのドレス』のヒットを飛ばすデ・パルマ監督だが、本作ではまだまだ習作の色合いが強い。洗練されておらず、ウェルメイドを志向する職人性は見られず、露骨に実験的な作風だ。が、デ・パルマ監督の身も世もないヒッチコック愛は思う存分溢れていて、そういう意味ではまだ研磨される前のデ・パルマ監督らしさをナマの状態で味わうことのできる、貴重な作品と言っていいかも知れない。ただ凡庸な、ありきたりの実験作ではない。

さて、ではどこにヒッチコック愛が溢れているのか。さっき主演はマーゴット・キダーと書いたが、正確に言うとジェニファー・ソルトとのダブル主演である。最初はマーゴット・キダーが前夫につきまとわれる女性としてメインで登場するが、デート相手の黒人男性が血みどろになって死んでからは、それを向かいのアパートから目撃していた女性ライターが中心になって話が進む。

途中で中心人物が交代するこの作劇はヒッチコック『サイコ』と瓜二つであり、また後の『殺しのドレス』にもそっくりだ。ショッキングな殺人シーンを境にこの交代が起きるのも同じ。マーゴット・キダーがまだ死なないだけである。

ちなみに殺人の目撃者がその後の主役になること、その証言を信じない警察に冷たくあしらわれること、精神病院が出て来ること、ダブル(分身)がテーマであること、血染めのナイフへの偏愛など、本作では『殺しのドレス』と共通する要素が数多く出て来る。まるで『殺しのドレス』のプロトタイプのようなフィルムだ。

更に音楽は『サイコ』『鳥』『めまい』など、ヒッチコック組の常連だったバーナード・ハーマン。本作でも『サイコ』を思わせる、しつこいぐらいにサスペンスフルな音楽を存分に聴かせてくれる。

そして、女性ライターが窓越しに殺人を目撃するギミックはどう考えても『裏窓』である。おまけに探偵を使って殺人現場の部屋を捜索させるシーンでは、女性ライターが双眼鏡で部屋を監視し、部屋の持ち主が戻ってきたら電話を一回鳴らして探偵に教えるという『裏窓』の露骨なパクリ、というかレスペクトが登場する。

まあそれほどまでにヒッチコック愛が溢れ出ているこの映画、「習作」感が強い最大の理由は、全体のバランスの悪さだと言いたい。冒頭、マーゴット・キダーと黒人男性がデートし、前夫につきまとわれ、ミステリアスな「双子」の存在が明かされ、殺人が起き、それを目撃した女性ライターが警察に通報するが信じてもらえない、あたりまでは『殺しのドレス』に遜色ないぐらいに面白い。探偵を使って「消えた死体」の謎を調査するあたりも悪くない。

が、女性ライターが精神病院に行って捕まるあたりではソダーバーグ監督の『Unsane』みたいな雰囲気になり、更に彼女が医者の「措置」を受けるあたりで随分と方向性が変わってしまう。殺人事件のミステリというより、不条理なサイコ・ホラー、もしくはマッドサイエンティストが登場するSF風になる。加えて、彼女の夢の映像が長々と流れ、シャム双生児や精神病棟の異様なイメージ・ショットが繰り返し挿入される。

このあたりがもっとも「実験的」な部分で、もちろん不気味な雰囲気はめいっぱい醸し出されるが、同時にかなり自己満足的であり、観客に忍耐を要求する部分だろう。なんとなく初期のクローネンバーグ監督作品みたいなムードもある。

殺しのドレス』でも最後に悪夢的な精神病棟が出てくるが、いずれにしろ本作ではあれほどうまく料理できていない。デ・パルマ監督のフリーキーなものに対する嗜好がナマで表出した感じだ。もしかすると、これがデ・パルマ風スリラーの原風景なのかも知れない。

このように、後半ではヒッチコック風のリアリズムが大きく後退し、急速に夢幻的色彩が強くなる。と同時に、いかにも盛り上がらないまま肝心の謎解きが行われてしまう。そもそも真相は早くから見当がつく(特に『殺しのドレス』を知っている観客には)のだが、その判明のしかたはマッド・サイエンティスト的なドクターがただ喋るだけ、という芸のなさだ。たとえば『サイコ』の真相が判明する戦慄的にドラマティックなシーンなどとは、まったく比べ物にならない。

つまり前半のヒッチコック・スタイルと後半の夢幻的スタイルが水と油で、一つに溶け込んでいない。デ・パルマ監督のヒッチコック趣味やイメージ耽溺趣味などがバラバラに、原石のまま盛り込まれたことが原因だと思う。

ついでに言うと、後年のデ・パルマ監督のトレードマークである甘美で耽美的なスローモーションやぐるぐる回る映像も見られず、そういう意味でもちょっと寂しい。やっぱり、コアなファン向けの映画でしょう。