誘導尋問

『誘導尋問』 ミック・ジャクソン監督   ☆☆☆☆☆

アマゾン・プライムで鑑賞。実話をもとにした法廷もので、主演はジェームズ・ウッズ。バリバリに硬派な社会問題告発型の映画だ。これを観るまでまったく知らなかったが、題材となっているマクマーティン保育園事件は米国史上最悪の冤罪事件として有名だそうだ。

1983年から90年にかけて行われた裁判なので、まだそう昔のことじゃない。最も長く、最も高価(約1500万ドル)な刑事裁判とも言われたこの裁判によって、告発された保育園の園長と保育士は6年間もの長きにわたって拘留された。

Wikipediaによれば、この事件は「史上最悪の児童虐待事件」としてセンセーショナルに始まり「史上最悪の冤罪事件」としてその幕を閉じた。この映画は、この事件の発端から終わりまでをじっくり観客に見せていく。

6年間の出来事と経緯を見せる映画なので、途中で何度か時間が飛ぶ。編集と構成は的確でツボを押さえており、事件の流れがよく分かり、錯綜する関係者たちの思惑も分かりやすく整理され、その上でドラマティックな人間ドラマが展開する。ジェームズ・ウッズは被告側の弁護人で、情熱的で人間味あふれる弁護士を骨太に演じている。

事件は、ある母親が子供を連れて警察を訪れるところから始まる。息子が保育園で性的虐待を受けたというのだ。このジョンソン夫人の告発により、マクマーティン保育園で保育士として働く園長の孫、レイモンド・バッキーが逮捕される。

警察は調査のため他の親たちにも質問状を送り、同保育園の子供たちは国際児童研究所(CII)のキー・マクファーレンのカウンセリングを受ける。その結果、多数の児童が虐待されたとの判断が下され、レイモンドと母親、園長である祖母、レイモンドの姉たちが一斉に逮捕される。このニュースはメディアの派手な報道もあって、全米をセンセーショナルに駆け巡った。

子供に対する性的虐待。しかも、保育園の園長以下、複数の保育士が結託して組織的にやったという。なんという恐ろしい保育園、そして家族だろうか。裁判になるはるか前から、バッキー家の人々に全米の憎悪が集中する。

悪魔呼ばわりされ、刑務所でも酷い扱いを受け、保育園には市民から石が投げ込まれる。弁護を引き受けることになったダニエル(ジェームズ・ウッズ)は、恋人から「やめなさいよ、あなたまで世間から憎まれるわよ」と忠告される。

しかし調査が進むにつれ、子供たちの証言はだんだん辻褄が合わなくなり、あまりにも荒唐無稽になってくる。最初に告発を行ったジョンソン夫人の証言にも疑念が出て来る。虐待を行ったのはどうも父親だったようだ、ということが分かる。検事局スタッフの一人は、この事件は冤罪ではないかと考え始めるが、先入観で凝り固まった検事ライエル・ルービン(マーセデス・ルール)から一方的に罵倒されて、辞職する。

裁判では、子供たちが次々と恐ろしい虐待の事実を証言する。しかしダニエルはキー・マクファーレンのカウンセリングのビデオを見て確信する。彼女は子供たちを誘導尋問し、本当はなかった虐待をあったかのように証言させている…。

この映画のハイライトは間違いなく、法廷におけるダニエルとキー・マクファーレンの対決シーンだ。ダニエルは彼女がカウンセラーの資格も持たず、教育を受けたこともなく、専門知識もなく、ただ我流で危険な誘導尋問を行っていると指摘する。

キー・マクファーレンは反論する。あんたには理解できないだろうが、自分には十分な経験がある。そして子供とは恥ずかしい記憶は隠すし、嘘をつくものだから、カウンセラーが熟練のテクニックをもって、真実を言うように導いてやる必要があるのだ、と。

堂々と反論する彼女。おそらくは自分でもそう思い込んでいる、この自称「子供の専門家」の危険な愚かしさに慄然とするのは、私だけではないだろう。彼女は、自分のやり方が中世の魔女狩りと同じであることに気づいていない。

彼女のシステムのもとでは、疑いをかけられたらもう終わりである。なぜなら、有罪の「証拠」が出て来るまで、彼女は子供たちをあの手この手で尋問し、プレッシャーをかけ続けるのだから。

ただし、この事件をここまで救いがたくおぞましい悲劇にしてしまったのは、検事やキー・マクファーレンだけのせいではない。裁判も待たずにバッキー家に有罪宣告し、怒りの標的にした人々、つまり全米の市民たちも同罪だろう。彼ら全員で、バッキー家の人々を標的に「魔女狩り」をやったのである。

逮捕された7人のうち5人はしばらくして証拠不十分で釈放されたが、レイモンド・バッキーとその母親は6年間ずっと拘留され、ひどい環境での生活を余儀なくされた。保育園は破壊された。この事件で、一家はすべてを失った。

この事件がこうまでヒステリックな反応を巻き起こしたのは、「子供への性的虐待」という犯罪の性質によるところが大きいと思う。つまり、誰でもこれを聞いた途端に、卑劣きわまりない、なんてひどい、と思ってしまう。そして、怒りの感情に身を委ねて「あいつらぶち殺せ」と思ってしまう。感情が突っ走ってしまう。

そう考えると、正義感が強く悪者への処罰感情が強い人間ほど魔女狩りに走りやすい、と言えるかも知れない。もちろん、そんな人々はどこにでもいる。福田ますみ氏の『でっちあげ』を読むと、日本でもまったく同じメカニズムで魔女狩りが発生したことが分かる。

これは警察、検事、国際児童研究所、メディア、一般市民の全員が手に手をとって一つの家族を破滅させた最悪の事例だ。この映画はその全貌を、シャープな映像と的確な編集で見事に描き出してみせた。

ところでジェームズ・ウッズは悪役も似合う俳優だが、本作では情熱的な弁護士を演じていてとても良い。最初はなんだかうさんくさい感じで、売名目的かなと思わせるが、やがて信念と使命感を持って事件に取り組むようになる。特にキー・マクファーレンとの対決シーンの演技は感動的だ。

ジェームズ・ウッズ・ファンは必見である。