コドモノセカイ

『コドモノセカイ』 岸本佐知子・編   ☆☆☆☆

岸本佐知子のアンソロジー『楽しい夜』がとても良かったので、その後いくつか彼女のアンソロジーを読んでみた。

どうやらこの人はヘンな小説や屈折した小説の目利きらしいので、タイトルがそのものズバリの『変愛小説集』と『変愛小説集 日本作家編』をまず入手したのだが、これはグロテスクで生々しい作品が多く、ちょっと好みではなかった。生々しいというか、要するに性的に気持ち悪いものが目立つ感じだ。これは私の趣味の問題だが、とはいっても、こういうアンソロジーを編むのはなかなかに勇気がいるのではなかろうか。

そしてもう一冊、子供がテーマという本書を手に取ってみたところ、これは結構良かった。やっぱり気色悪いものもあるが(この人は本当にこういうのが好きなんだな)、抒情的なものや幻想的なものなど色々なテイストの短篇が並んでいる。収録作品は以下の通り。

「まじない」リッキー・デュコーネイ 「王様ネズミ」カレン・ジョイ・ファウラー 「子供」アリ・スミス 「ブタを割る」エトガル・ケレット 「ポノたち」ピーター・マインキー 「弟」ステイシー・レヴィーン 「最終果実」レイ・ヴクサヴィッチ 「トンネル」ベン・ルーリー 「追跡」ジョイス・キャロル・オーツ 「靴」エトガル・ケレット 「薬の用法」ジョー・メノ 「七人の司書の館」エレン・クレイジャズ

先日紹介した『突然ノックの音が』のエトガル・ケレットの短篇が「ブタを割る」「靴」と二つ入っている。あいかわらずシュールで不可思議きわまりないテキストだが、『突然ノックの音が』収録作品と比べると傑出した出来とは言えないと思う。まあ普通だ。

それから既読だったのはレイ・ヴクサヴィッチの「最終果実」。短篇集『月の部屋で会いましょう』に収録されているが、これはこの作家のベスト作のひとつだ。

その他は全部未読だったが、収録作家は『楽しい夜』と多少かぶっていて、エレン・クレイジャズ(なんというエキゾチックでクールな名前だろう)はその一人。『楽しい夜』の「三角形」があまりにも素晴らしかったので期待値は高かったが、本書収録の「七人の司書の館」はわりとストレートなファンタジー。決して悪くないが、「三角形」の衝撃には及ばない。これはやっぱり七人の小人のパロディなんだろうな。図書館が舞台になっているところがとてもブッキッシュな雰囲気で、ダークに終わるかと思ったら意外にさわやかな読後感だった。

本書中の個人的なフェイバリットをあげると、「まじない」「王様ネズミ」「ポノたち」「薬の用法」あたりだ。やっぱり私は気色悪いものよりも、クリスプなイメージと軽やかに戯れるもの、または多義的でつかみどころのないカメレオン的なものが好きである。たとえば「ポノたち」は、ポノという空想的生物の話で始まってそのうちいじめっ子の話になっていく。子供時代のヒリヒリする痛みとノスタルジーが同居している。

それから気色悪いまでいかなくてもこわい短篇はやっぱり多く、「弟」「トンネル」「追跡」などがそれだ。「弟」「トンネル」はほぼショートショートと言っていい短さだが、短いからこそ異様なインパクトがある。「追跡」も、ちょっと精神が病んでいる感じがする。

一癖も二癖もあるところは、やっぱり『楽しい夜』といい勝負だ。私見では『楽しい夜』の方がクオリティが高いが、本書もなかなかのものである。それに、こんなに不気味でヘンな短篇ばかり集めたアンソロジーには滅多にお目にかかれない。「泣ける」「癒される」なんて小説にはいい加減飽きた、という面倒くさい読書家におススメします。