永い言い訳

永い言い訳』 西川美和監督   ☆☆☆★

日本版ブルーレイで再見。『ゆれる』『ディア・ドクター』などミステリアスな心理劇を得意とする西川監督の映画は、当たりはずれはあるけれどもどうしても気になって観てしまう。これまでの映画ではかなりトリッキーなシチュエーションを題材にしてきた西川監督だが、この『永い言い訳』はそうでもない。

スランプ期の小説家・幸夫(本木雅弘)は不倫中で、美容師の妻・夏子(深津絵里)との関係は冷めている。夏子が女友達と冬山旅行に出かけた日も、さっそく愛人(黒木華)を家に呼んでセックス。そして翌朝、ニュースを見て妻がバス事故で死亡したことを知る。自分がちょうど不倫セックスを楽しんでいた時刻に。

有名人の幸夫はニュースやテレビ番組の取材で悲しみに暮れる演技をするが、実はさして悲しいとも思わない自分に罪悪感を抱く。そんな時、夏子と一緒に死んだ女友達の夫・陽一(竹原ピストル)と出会う。二人の子持ちでトラック運転手の彼は心から妻を愛していたため悲嘆に暮れ、毎晩彼女が残した留守電メッセージを聞いて泣いている。そんな彼の息子が進学を諦めようとしていることを知り、幸夫は母親代わりになって二人の子供の面倒を見ることを申し出る。こうして幸夫と子供二人の生活が始まる…。

映画はその後、幸夫と二人の子供の微笑ましい生活、泥酔して醜態をさらした挙句の別離、そして陽一の交通事故がきっかけの再会と進み、幸夫は他者と関わって愛し愛されることが人生の価値だ、と考えるようになる。冒頭の幸夫はまったく卑劣で自己チューなイヤな奴であり、つまりこの映画はそんなイヤな奴が素朴な家族愛溢れる一家と触れることで「自分には愛してくれる人も愛する人もいない」と気づき、葛藤し、「人生とは他者だ」と痛みとともに悟るまでの成長物語である。

ちなみに成長した幸夫は結末で小説家としても復活し、「永い言い訳」という小説で文学賞を受賞する。

例によって西川監督の映像テクニック、編集テクニックは申し分ない。引いたり寄ったり、意味ありげな細部をクローズアップしたり肝心な部分を隠したりと、的確かつ創意工夫に富み、余裕すら感じさせる。映像で物語を紡いでいく映画としての魅力はたっぷりだ。

一方で、テーマ的にはさほど目新しくはないが、そのこと自体はもちろん悪くない。家族を大事にしなかった男が、失ってようやくそれがどれほど大切なものだったかに気づく。永遠不滅のテーマだ。ヒューマンな感動を呼び、露骨なお涙頂戴ではなく多義性もあり、余韻も残す。とても優等生的である。

が、優等生的であるがゆえに面白みに欠けるとも言える。加えて、テーマの掘り下げが思索的というよりも情緒的、感情的で、キッチュでさえあるように感じる。

人を愛せない男・幸夫の対極の存在として配置されるのはトラック運転手の陽一で、陽一は学歴こそないけれども、本能的かつ無償の愛を全身で生きている。要するにダメ人間と教師、という分かりやすい構図で、これは是枝監督の『父になる』などと同じだ。幸夫は陽一を身近に見ることで、そして彼の子供たちの世話をすることで愛情のなんたるかを学んでいく。

あのイヤな男が子供たちの前ではいやに優しく紳士的なのがちょっと不思議だが、おそらく彼が一家の面倒をみようとする動機は死んだ夏子への罪悪感だと思われる。でもなければ、あの自己チューで傲慢な幸夫がトラック運転手の家族に無償奉仕するとは思えない。そう考えれば、子供の前で「いい人」になる幸夫はそれほど不自然ではない。

そしてもちろん、直接的に幸夫を変えていくのは陽一の二人の子供たちだ。真平(シンペイ)と灯(あかり)、この二人の子供たちがこの映画の中心になっていくのだが、ずるいのは、この二人の子供が可愛らしすぎることである。真平君は聡明で行儀がいいし、灯ちゃんの愛くるしさは反則レベルだ。おそらく観客がこの映画の中でもっとも幸福感を感じるのは、幸夫と子供たちの交流シーンだろう。そして観客が「人生とは他者だ」という幸夫の実感を強引に納得させられてしまうのも、意地悪な言い方をすれば、この子供たちの愛らしさゆえではないだろうか。

まあそれが悪いとは言わないが、「家族愛って素晴らしいものだよ」と言うためにかわいらしい子供を見せるというのは、映画としてどうなんだろう。なくしてから大事なものに気づくという永遠のテーマと、「人生は他者だ」の悟りをこの物語の中で真摯に掘り下げるなら、冷え切っていた幸夫と夏子の関係性こそ追及されなければならないのではないか。

幸夫と陽一の家族が波打ち際で戯れるシーンも美しいが、あそこに夏子の幻が出てきて子供たちと遊ぶのもどうなのか。幸夫は、夏子と二人きりの生活の中にあったかけがえのない瞬間をこそ、幻視すべきではないだろうか。

というのは結構ひねくれたツッコミかも知れないが、私としてはちょっと気になるところである。たとえば幸夫のもとを愛人が去っていかなかったとしたら、彼は同じ悟りに達しただろうか。

世間的には非常に高評価の映画であり、その理由も理解できるけれども、私にとって『永い言い訳』は映像や編集はすごく達者な一方、話はいささか混乱気味で、情緒的にテーマをはぐらかしてしまったような釈然としない映画である。加えて、個人的には主演のモッくんに役者としての魅力を感じず、演技がうまいとも思えないという点も減点ポイントだ。

ただし映像面の魅力、ヒューマンな感動、ところどころでハラハラさせる不穏さ、そして子供たちの愛らしさで、映画ファンにも一般のオーディエンスにもアピールするフィルムに仕上がっていることは間違いない。インスピレーション溢れる芸術作品というよりも、手堅い職人芸という印象を受ける。